ツアー3日目は“旅順”

今朝も大連市内は大渋滞ですが

昨年に全長6キロの“星海湾大橋”が完成

この橋のおかげで旅順までの移動がかなり楽になったそうです
(それでも1時間半はかかった)
P8230001~01P8230003~01






P8230006~01P8230008~01






旅順の市内観光は“外観から写真を撮るだけ”ってのが多かったな

P8230009~01【大連駅】

柵の外から写真を撮るだけ
(怪しいやろ・・・)



P8230026~01【旧関東軍司令部】
“かんとうぐん”ちゃいますよ
“かんとんぐん”ね




P8230044~01
【旧粛親王府(きゅうしゅくくしんおうふ)】
“男装の麗人”で知られる川島芳子の実家





【旅順博物館】

ここはしっかり入場観光

こじんまりとした2階建ての建物ですが、けっこう見応えはありました

入館の際にパスポートが必要なのでお忘れなく!

館内、写真撮影はミイラ室以外はOKです
(ただしフラッシュはNG)

P8230025~01P8230016~01






P8230018~01P8230023~01







【203高地(にひゃくさんこうち)】

日露戦争の激戦地

というか世界陸戦史上、最も凄惨な戦いの舞台と言われています

ドラマ「坂の上の雲」でも、この戦闘シーンはかなり長かったです

旅順をめぐる戦いは155日にわたったそうで

動員された日本兵は約13万人
(死傷者の数は5万9408名)

旅順の戦いは日本側の大将が“乃木希典(のぎまれすけ)”

ロシア側は軍司令官の“ステッセル”

この2人の名前は覚えておきましょう

ちなみに乃木希典は山口県の萩出身で

吉田松陰の叔父、玉木文之進にも教育されていた人物です

P8230027~01P8230028~01






P8230029~01P8230030~01






P8230033~01P8230043~01






P8230034~01P8230035~01






頂上には“爾霊山”と書かれた供養碑があります

乃木希典が203という数字に亡くなった兵士の霊が眠る山という意味をあてて“爾霊山(にれいざん)”と詠んだ漢詩が残っているのに由来しています

現在でも頂上からは旅順港が見下ろせるんですよね

日本軍は旅順港内に停泊していたロシア艦隊を撃破するために

どうしてもこの203高地を落としたかった訳です

占拠してはまたすぐにロシア軍に奪還され・・・

を繰り返すこと67回

両軍にとってどれほど悲惨な戦いだったかは想像もできません(涙)


さて、気を取り直してランチタイム!

お昼は【水師営(すいしえい)会見所】

の隣にあるレストランで旅順田舎料理

トウモロコシからできた皮で野菜を巻いて味噌をつけて食べる料理が独特です
(中国でも東北地方くらいだとか)

P8230047~01P8230046~01






この“水師営会見所”は乃木大将とロシアのステッセルが停戦の会見を開いた場所です
(建物は複製)

有名な心霊写真などが飾られていました・・・

P8230051~01P8230053~01






大連に戻ったあとはアジア最大の公園

【星海(せいかい)広場】

P8230055~01P8230054~01






【旧ロシア人街】
P8230056~01P8230063~01






P8230061~01P8230058~01






旧ロシア人街ゆーてもロシア人はいないんですけどね

いちおーマトリョーシカとか

ロシアのチョコが売られていました