さて、久宝寺には久宝寺というお寺はないとお話ししましたが

かつて存在した久宝寺の境内にあった神社は

現在も残っているそうです

明治政府は【神社>寺院】

ですからね

久宝寺の駅からも歩いてすぐです
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それがこちら

許麻神社

これで“こまじんじゃ”と読みます

“こま”というのは朝鮮半島の“高麗”が由来

この地はかつて高麗からの渡来民族が多く住んでいたそうで

その祖霊を祀ったのが始まりだそうです
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境内には立派なご神木のくすのき
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こちらが拝殿&本殿

式内社なので1000年以上の歴史を持つ神社です
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許麻神社は別名

「久宝寺の牛頭天王(ごずてんのう)」

牛頭天王はスサノオと同一視されています

スサノオも朝鮮半島を経由してやってきた伝説がありますね

狛犬の語源も高麗犬という説があるので

許麻(こま)神社の狛犬は狛犬のルーツか!

と思って期待したけど

めっちゃ新しい狛犬でした・・・(笑)
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令和5年て今年やないかい!!
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境内には厳島神社などいくつかの境内社が鎮座
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蛙の手水舎はかつての久宝寺境内にあった

観音院の鐘楼と伝わっているそうです
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さて、久宝寺の神社仏閣ネタが続いたので

最後はグルメネタ

今回は許麻神社のすぐそばに

“光容軒”でランチにしました

コテコテの町中華って感じの店内
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私が頼んだのは王道の“焼き飯セット”
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焼き飯もラーメンも昔懐かしい味で美味しかったんですが

これで1100円は強気やな・・・
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てかどのメニューも町中華にしてはちょっとお高め(笑)
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でも久宝寺って他に飲食店が少ないんですよね
(だから強気価格なのか)


しかし大阪は

秦氏ゆかりの寝屋川市や池田市みたいに

渡来系の人たちの歴史が残る町が多いですね

ちなみに狛氏(高麗氏)というのも渡来系の氏族

色んな渡来系氏族の史跡をめぐるのも面白そうだ♪