皆さんは“日琉同祖論”って聞いたことありますか?
かつて独立したひとつの国だった琉球王国
琉球とひとくちに言っても
現在の奄美諸島から沖縄本島、さらに台湾まで含めて
“琉球”と呼んでいた時代もあったそうです
江戸時代に琉球王国は薩摩藩の侵略を受けるのですが
その際は明(いまの中国)に援軍を頼んだほど
どちらかと言えば日本より中国寄りの国だったのです
(王族の衣装とか見てるよく分かりますよね)
薩摩の侵略を受けたあとは琉球王国は琉球藩となり
さらに廃藩置県で沖縄県へと時代に翻弄されるわけですが
琉球を日本の領土とする正統性を主張するため
琉球王国のかつての王
舜天(しゅんてん)王は清和源氏の流れを持つ
源為朝(みなもとのためとも)の子だ
って説まで出てきたそうです
源為朝は保元の乱で敗れたあと
伊豆に流され亡くなったとされるのが定説ですが
実は琉球に渡って現地の有力者の娘との間に子をもうけ
それがのちの舜天王になったとのお話しです
このようなやや無理やりな日本と琉球を結びつける説を
“日琉同祖論”とも呼ぶそうです
なんだか“日ユ同祖論”みたいでワクワクしますね(笑)
そんな琉球沼にハマって関連動画をみまくっていると
源為朝を祀る神社が沖縄にあるという情報を入手
その名も“沖縄神社”というらしい
さっそく先日の沖縄ツアーの合間に行ってみました
最寄り駅はゆいレールの首里駅

グーグルマップによると首里城公園とは反対の方向へ進み
徒歩約12分で到着できるはず
何の看板もない住宅街を進むと
何やら樹木が生い茂るそれっぽい雰囲気の場所に出ました
鳥居の跡があるってことはこの先にあるのか???


これがその“沖縄神社”
だと思います
グーグルマップではそう出ていた(笑)

動画でも地元のタクシードライバーでも知らないほど小さい神社
って聞いていたけど
想像以上に小さい・・・
祠の中に5つの石が置かれていました


扁額はなく、祠の中に5名の名前が記されていました
左から
尚圓王(しょうえんおう)
察度王(さっとおう)
尚思紹王(しょうししょうおう)

両サイドが第一尚氏王統と第二尚氏王統の初代国王
中央が浦添三大王統と呼ばれる国王
めちゃくちゃ豪華メンバーですよね
かつて沖縄神社は首里城の城内に祀られていたそうです
でも源為朝を祀る神社って聞いてたのに
源為朝の名前がどこにもない・・・
隣にはさらに小さい祠がありました
こちらにはサンゴの塊みたいな石が2つ置かれているのみ
いった誰を祀っているんだろ???
(これが源為朝なのか?)


道路の向かいに渡ってみると
何やら意味ありげな門がありました
なんでもこの辺りは“弁ヶ嶽(べんがだけ)”といって
一般的には“ビンヌウタキ”と呼ばれる御嶽(うたき)
沖縄本島中南部では最も高い峰のひとつで
峰全体がご神体だったようです
だから周囲の雰囲気がちょっと違ったのか!!
この石門は世界遺産の構成資産にも指定されている
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)と同時期に作られ
沖縄戦で焼失するまでは国宝だったそうですよ


石門の上にのる鯱もカッコいい!!


中央のこれは何やろ?
宝珠?
それともホヤ貝?(笑)

このあと園比屋武御嶽石門を見てわかった
蓮の花だ(笑)


現在のビンヌウタキの石門はコンクリート製ですが
この石門をハワイの「うるま一心会」が寄与したって経緯も興味深いですね


沖縄観光といえばリゾートか沖縄戦の戦跡めぐり
ってイメージですが
このようなスピリチュアルな御嶽めぐりや
琉球王国ゆかりの史跡めぐりも面白そうですよね
首里駅から徒歩で行ける場所なので
是非、興味がある方は訪れてみてください
実際の映像はコチラ↓
で、源為朝はどこで祀られているんや???
かつて独立したひとつの国だった琉球王国
琉球とひとくちに言っても
現在の奄美諸島から沖縄本島、さらに台湾まで含めて
“琉球”と呼んでいた時代もあったそうです
江戸時代に琉球王国は薩摩藩の侵略を受けるのですが
その際は明(いまの中国)に援軍を頼んだほど
どちらかと言えば日本より中国寄りの国だったのです
(王族の衣装とか見てるよく分かりますよね)
薩摩の侵略を受けたあとは琉球王国は琉球藩となり
さらに廃藩置県で沖縄県へと時代に翻弄されるわけですが
琉球を日本の領土とする正統性を主張するため
琉球王国のかつての王
舜天(しゅんてん)王は清和源氏の流れを持つ
源為朝(みなもとのためとも)の子だ
って説まで出てきたそうです
源為朝は保元の乱で敗れたあと
伊豆に流され亡くなったとされるのが定説ですが
実は琉球に渡って現地の有力者の娘との間に子をもうけ
それがのちの舜天王になったとのお話しです
このようなやや無理やりな日本と琉球を結びつける説を
“日琉同祖論”とも呼ぶそうです
なんだか“日ユ同祖論”みたいでワクワクしますね(笑)
そんな琉球沼にハマって関連動画をみまくっていると
源為朝を祀る神社が沖縄にあるという情報を入手
その名も“沖縄神社”というらしい
さっそく先日の沖縄ツアーの合間に行ってみました
最寄り駅はゆいレールの首里駅

グーグルマップによると首里城公園とは反対の方向へ進み
徒歩約12分で到着できるはず
何の看板もない住宅街を進むと
何やら樹木が生い茂るそれっぽい雰囲気の場所に出ました
鳥居の跡があるってことはこの先にあるのか???


これがその“沖縄神社”
だと思います
グーグルマップではそう出ていた(笑)

動画でも地元のタクシードライバーでも知らないほど小さい神社
って聞いていたけど
想像以上に小さい・・・
祠の中に5つの石が置かれていました


扁額はなく、祠の中に5名の名前が記されていました
左から
尚圓王(しょうえんおう)
察度王(さっとおう)
舜天王(しゅんてんおう)
英祖王(えいそおう)尚思紹王(しょうししょうおう)

両サイドが第一尚氏王統と第二尚氏王統の初代国王
中央が浦添三大王統と呼ばれる国王
めちゃくちゃ豪華メンバーですよね
かつて沖縄神社は首里城の城内に祀られていたそうです
でも源為朝を祀る神社って聞いてたのに
源為朝の名前がどこにもない・・・
隣にはさらに小さい祠がありました
こちらにはサンゴの塊みたいな石が2つ置かれているのみ
いった誰を祀っているんだろ???
(これが源為朝なのか?)


道路の向かいに渡ってみると
何やら意味ありげな門がありました
なんでもこの辺りは“弁ヶ嶽(べんがだけ)”といって
一般的には“ビンヌウタキ”と呼ばれる御嶽(うたき)
沖縄本島中南部では最も高い峰のひとつで
峰全体がご神体だったようです
だから周囲の雰囲気がちょっと違ったのか!!
この石門は世界遺産の構成資産にも指定されている
園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)と同時期に作られ
沖縄戦で焼失するまでは国宝だったそうですよ


石門の上にのる鯱もカッコいい!!


中央のこれは何やろ?
宝珠?
それともホヤ貝?(笑)

このあと園比屋武御嶽石門を見てわかった
蓮の花だ(笑)


現在のビンヌウタキの石門はコンクリート製ですが
この石門をハワイの「うるま一心会」が寄与したって経緯も興味深いですね


沖縄観光といえばリゾートか沖縄戦の戦跡めぐり
ってイメージですが
このようなスピリチュアルな御嶽めぐりや
琉球王国ゆかりの史跡めぐりも面白そうですよね
首里駅から徒歩で行ける場所なので
是非、興味がある方は訪れてみてください
実際の映像はコチラ↓
で、源為朝はどこで祀られているんや???

