夏のすわたび・2日目

上社・前宮から上社・本宮へ向かう途中

ある場所へ寄ってきました

“神長官・守矢資料館”

実はここ、今回の旅で諏訪大社より気になっていた場所なのです
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神長官(じんちょうかん)ってちょっと聞きなれない言葉ですよね

普通の神社では一番偉い神職から

宮司→権宮司→禰宜→権禰宜と続きますが

諏訪大社ではトップを“大祝(おおほうり)”

その次が“神長官(じんちょうかん)”と言いまして

こちらはその神長官である

“守矢(もりや)氏”の邸宅内にある資料館
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諏訪信仰というのは非常に奥が深いというか謎が多い信仰で

何層もの信仰が重なって今の姿を形成しています

諏訪大社はタケミナカタとヤサカトメを祀る神社で

7年に1度御柱祭という奇祭があって

冬にはタケミナカタが奥さんに会いに行く際に御神渡り現象が起きて・・・

って話しだけでは語れないのです

そんな諏訪信仰を辿っていくと

“ミシャグジ信仰”に突き当ります

ミシャグジ様は縄文時代から続く信仰といわれ

石神なのか蛇なのかこれまた謎が多い神様

そんなミシャグジ様を祀っていた守矢氏の祖先は

“洩矢(モレヤ・モリヤ)神”

地元の伝承では諏訪地方のモレヤ神のもとに

出雲からタケミナカタがやってきて

天竜川を挟んで戦いが起きます

鉄の輪を武器とする洩矢神

藤の枝を武器とするタケミナカタ

どう考えても洩矢神が勝ちそうですが

勝者はタケミナカタ(笑)

タケミナカタの子孫は諏訪大社の大祝

神(じん・みわ)氏と繋がっていきます(のちの諏訪氏)

負けたモレヤ神は追放?

とはならず

諏訪大社の神長官、守矢(もりや)氏となります

ちょっと話がそれましたが

そんな守矢資料館ではかつて諏訪大社で行われていた

“御頭祭(おんとうさい)”に関する展示コーナーがあります

御頭祭は75頭の鹿の首を神様に捧げる神事

現在は簡略化され鹿の首もはく製に変わっています
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串刺しになったウサギとか“脳の和え物”とか

ちょっとグロい・・・
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75頭の中には必ず耳が欠けた鹿が1頭いるそうで

これを“耳裂け鹿”と呼んで特別神聖な捧げものとして扱われたそうです
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とりあえず帰ってから勉強しよか

ってことで周辺ガイドブック(800円)としおり(200円)を購入
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敷地内で見逃せないのが

“御頭御社宮司総社(おんとうみしゃぐちそうしゃ)”

諏訪信仰の大源流

いや、ひょっとしたら日本のアニミズムの最古形態?

ミシャグジ様を祀る総本社
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守矢氏は大祝でも扱えない

ミシャグジ様の祭祀を扱える唯一の一族だったそうです
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ミシャグジ様は蛇神という説もあり

お供え物に玉子が置かれていることが多いそうです

でもやっぱり鹿の首がお好きなんですかね・・・
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さらに敷地内には古墳まであります
(邸宅の敷地内に古墳て!)
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石室内部に入ることも可能

この古墳、一説には物部守屋の次男

物部武麿(たけまろ)の古墳では?

という説もあるのです
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河内で起こった蘇我・物部の宗教戦争(丁未の乱)

物部守屋は蘇我氏&聖徳太子に討たれますが

次男の武麿は信濃へ落ち延び

神長官である守矢氏に養子として入ったんだとか・・・


神長官は守矢(モリヤ)氏

その祖神は洩矢(モリヤ)神

前宮の後ろにそびえるのは“守屋(モリヤ)山”

物部守屋(モリヤ)と関係がないと考えるほうが難しいですよね・・・

動画で見るとこんな感じ↓


ちょっとマニアックな話が続いたので話題を変えましょう

この資料館の建物に注目

ちょっと独特なデザインだと思いません?
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設計したのは茅野市出身の建築家

藤森照信(ふじもりてるのぶ)氏

第78代当主・守矢早苗さんの幼馴染でもあるそうです

自然素材と植物を使った大胆なデザインが有名で

滋賀県のラコリーナも藤森氏のデザイン
(ようやく仕事で使えそうなネタが出てきた!)


資料館のすぐ近くには藤森氏の畑の中にユニークな建築物も点在

こちらは“空飛ぶ泥船”
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こちらは“高過庵(たかすぎあん)”
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この他に低過庵(ひくすぎあん)って建物もあって

これらは全て茶室なんだとか

有料ツアーに参加すれば実際に中にも入れるそうです


ぜひ、諏訪大社をご参拝の際は

コアな諏訪信仰と映えスポットを求め

神長官・守矢資料館にも訪れてみて下さいね